今年度第4回目の琵琶湖塾が、彦根市の滋賀県立大学で行われました。
今回のゲスト講師は、元大阪市中学教論で、1978年からシンクロナイズドスイミングの日本代表コーチを務め、2008年の北京オリンピックでは中国ヘッドコーチとしてメダル獲得を成し遂げた、井村雅代(いむら まさよ)氏でした。
井村雅代氏の講演内容の一部は、次のとおりです。
まず、なぜ私が中国に行ったのかお話します。2004年まで27年間日本ナショナルコーチをしていました。2006年に中国より、どうしても北京オリンピックでメダルがほしいので指導してくれないかと言われました。引き受けた時は、中国の実力は世界第7位でした。それまで中国にはロシアのコーチが年に1回教えに行っていたのに、北京オリンピックにむけて日本人の私に依頼があった。当時、日本と中国は小泉首相のおかげで仲が悪かった、それでもロシアではなく、日本の私にメダルが託された。同じアジアの国から頼まれて、断れないと思った、これが引き受けた一つ目の理由です。
もう一つの理由は、2001年に武田・立花ペアで始めて世界一になりました、翌年の大会でも、武田・立花ペアは世界一の演技をしましが金メダルは取れませんでした、金メダルを取ったのはロシアのペアでした。なぜ、世界一の演技をしたのに金メダルが取れなかったのか、それは、当時ロシアが20ヶ国以上にコーチを派遣しており、世界中にロシア流シンクロが広まっていたからです、シンクロはスピード・高さ・距離だけで順位が決まる競技ではなく、審判が判断する競技です。中国にロシアのコーチが行くことになると、日本流シンクロを広めることはできないと思いました。これがもう一つの理由です。
私が中国に行くと、マスコミは私のことを「国賊」「裏切り者」とぼろくそに言いました。しかし、私は自分の目の前にいる人は、みんな先生だと思っています。すばらしい人に会ったらこのような人になりたいなあと思い、嫌な人に会ったらこのような人にはなりたくないなあと思うようにしています。皆さんもこのように考えてみたらどうですか?
私は北京オリンピックまでと、区切りをつけていました。人間、区切りをつければできます、死ぬまでと思ったらできない。
中国の若者(選手)と日本の若者(選手)は違いますか?と聞かれます。中国の若者(選手)は、練習中にどうしてもできなくて泣いても絶対に練習をやめない、泣きながら練習を続けますが、日本の若者(選手)は練習中に泣くと固まってしまう、固まって練習をやめてしまう。中国の若者(選手)は、故郷の期待を背負ってナショナルチームに来ているので、絶対にあきらめない。
限界なんて無い、限界は自分が決めている。
北京オリンピックの前に、2つの大きなことが起こりました。一つは四川省の大地震です。四川省出身の選手が何人もいました、その子らは、変わり果てた自分達の故郷の様子をテレビで見て、落ち込んでいました。その子らに対して私は、「あなたたちは北京をすてて故郷に帰りたいでしょう、普通に暮らしている自分達を責めているでしょう、しかし帰ることにはならない、あなた達は四川省の人達のために明るい話題を提供しなければいけない、もっと強くなろう」と言いました。
もう一つは、8月8日がオリンピック開会式でしたが、シンクロチーム9人のうち1人(レギュラー選手)が7月末に「水疱瘡(みずぼうそう)」にかかり、1人が隔離されました。ここまできて、まだこのようなことが起こるかと思いましたが、これを乗り越えたらメダルが取れると思いました。シンクロチームに「水疱瘡(みずぼうそう)」感染者がいれば、シンクロチームはオリンピックには出場させない、とまで言われましたが、なんとか開会式までに隔離された選手が治り、その選手も出場しました。
試合が始まり、メダルの可能性があるのは、「デュエット(2人)」「チーム(8人)」のうち、「デュエット」だと思っていましたが、その「デュエット」で失敗し4位となりメダルは取れませんでした。2日後の「チーム」の試合にむけて、おびえている選手に対して、私はどう言うか考え、「ここは北京だ、あなた達の味方だ」と言いました、そして試合の前日に猛練習をしました、周りからは明日試合なので、選手に疲れを残してはいけないのでは、と言われましたが、選手の不安を取り除くために猛練習をし、疲れさせてぐっすり睡眠をとらせました。
「チーム」でメダルを取ることができ、選手達が8個のメダルを私のくびにかけて「先生のおかげでメダルが取れました」と泣きながら言ってくれました、さすがにその時は私も泣いてしまいました。
北京オリンピックが終わって分かったことは何ですか?とインタビューされました。私はとっさに、日本も中国も何も変わりはない、相手のことを思って行動すれば、ちゃんと伝わるということが分かった、と答えました。
スポーツのゴールはメダルではなくて、良い人間を育てることだと思いました。
中国人は、今日より明日は絶対に良くなると信じています。これは、日本人が忘れていることです。
私は分かっていることをするのが好きではありません、成功したことは忘れるようにしています。どうなるか分からないことをするのが好きです。上昇志向があると思います。今の人達は失敗することを非常に怖れています、だからしない、できることしかしない。人はみんな上手になりたい。今の自分はたいしたことはないのに、今の自分を守ろうとしている。けど、守っていたら変われない、上手にはなれない、失敗するのはあたりまえ、今の自分を守らず、今の自分を捨てていかなければいけない。私は今の自分を守らないようにしてきました。
私のところには、目標を持っている子が集まってくる。けど、学校には目標のない子が集まってくる、だから学校現場は大変。義務教育は好きなことも、嫌いなことも、出会わせなければいけないと思っています。